琳派とは、金箔や銀箔を用いた豪華な背景や大胆な構図を特徴とする、装飾的な美術流派のことです。そんな琳派の伝統を受け継ぎながらも、独自の表現を追求する現代日本画家がいます。
伊藤哲は、江戸琳派を継承する作家であり、NPO法人江戸琳派継承会の理事長を務めています。
琳派の特徴である金と銀を駆使した幻想的な世界観、そして自然をテーマにした作品で知られる彼の芸術は、たくさんの美術愛好家を魅了しています。
「降臨せし風雷神のために」などの作品をはじめ、酒井抱一の晩年のアトリエ兼住居「雨華庵」を模型で再現した「雨華庵憧憬」は、伊藤哲の琳派に対する深い理解と探求心を示すものです。
本記事では、伊藤哲の代表作や制作への思いを通じて、彼の作品の魅力である幽玄美に迫ります。
伊藤哲ってどんな人? 現代琳派への熱い想い!
伊藤哲は、琳派の伝統を継承しながらも、独自の表現を追求する現代日本画家です。
彼の作品は、江戸琳派の様式を継承しつつ現代的な感覚を取り入れた独自のスタイルが見られ、国内外で評価されています。
伊藤哲は1962年に千葉県で生まれました。東京藝術大学で油絵と版画を学び、卒業後は株式会社電通での4年間のアートディレクターの経験を得て、日本画家としての道を歩み始めました。
2016年には、江戸琳派の伝統を継承する雅号「雨華庵」を襲名し、国内外で個展を開催しています。
伊藤哲が手掛けた作品は、金刀比羅宮の干支絵馬、長徳寺の須弥壇蓮華絵図、大寶寺の仏涅槃図、浄光寺の飛天散華図などがあります。
また、彼の作品の一つに「富貴胡蝶図」という作品があり、こちらは絵巻から連想される右から左への時の流れを表現した技法「連画」を用いています。この連画シリーズでは、横長に広がっていく絵巻の世界を絵画として見事に表現しました。
このほか、「SILVER MATSUSHIMA」は、古典的な「松島図」を現代の視点で再解釈しチャレンジした作品です。
伊藤哲は、伝統的な琳派の美と現代的な感性を融合させ、独自の芸術世界を築き上げています。
江夏画廊チャンネルでのインタビューの中で伊藤哲は、「古典を深く学び、その上で現代の感覚を加え発展させていくことをモットーに、今後も活動していく」と語られました。
これからも琳派の伝統を受け継ぎながらも、新たな表現に挑戦していくことが期待されます。
伊藤哲の代表作品を紹介!金銀の輝きが生み出す幻想的な世界観に酔いしれる!
琳派の伝統を受け継ぎながらも現代的な感性を融合させた伊藤哲の作品は、金銀の鮮やかな輝きが織りなす幻想的な世界観で、たくさんの美術愛好家を魅了しています。
特に、連画に見られる独特の空間表現と、金泥・銀泥を巧みに用いた華麗な色彩表現は、伊藤芸術の真骨頂とも言えるでしょう。
代表作品
- 降臨せし風雷神のために
- 山桜(小判四季版画シリーズ 春)
- 杜若(小判四季版画シリーズ 夏)
- 秋草(小判四季版画シリーズ 秋)
- 雪花(小判四季版画シリーズ 冬)
- SILVER MATSUSHIMA
- 雨華庵憧憬
それぞれ詳しく見ていきましょう。
降臨せし風雷神のために
銀の輝きを駆使して風神と雷神を力強く描いた作品です。銀色の輝きが神々しさを一層際立たせています。
酒井抱一の作品である「夏秋草図屏風」の上部の空間を意識して描かれており、江戸琳派へのオマージュとしても意味を持つ作品となっています。
山桜(小判四季版画シリーズ 春)
春の象徴である桜を題材にした作品です。
桜は日本文化において特別な存在であり、桜の美しさを金の輝きで見事に表現し、作品に華やかさを加えています。
杜若(小判四季版画シリーズ 夏)
夏の風物詩である杜若(かきつばた)を金箔を用いて華やかに描いた作品です。
細部にわたる緻密な描写と、金箔の輝きが杜若の美しさを一層際立たせ、初夏の瑞々しさを伝えているように感じさせてくれます。
秋草(小判四季版画シリーズ 秋)
秋の七草である萩、桔梗、女郎花(おみなえし)などが細やかに描かれた作品です。
背景の金箔が、秋の夕暮れのような静かで温かみのある光を表現しています。金箔との対比をなすことで、繊細なタッチで描かれた秋草の可憐さが引き立ちます。
雪花(小判四季版画シリーズ 冬)
春を告げる花である椿と降り積もる雪を描いた作品です。
赤い花の輪郭と雪の白さのコントラストが美しさを際立たせ、冬の名残と春の訪れを表現しています。
富貴胡蝶図
巻物から着想を得た時の流れを感じさせる技法「連画」で描かれた作品。
牡丹は中国では「花の王」と称され、富貴や繁栄の象徴です。蝶は長寿や美しさを表します。2つが組み合わさることで、富貴吉祥や長寿延命といった演技の良い図柄となるのです。
連画で描かれた吉祥図は、巻物を紐解く感動や時の移ろい、日本特有の感性である詫び寂びを感じさせてくれます。
SILVER MATSUSHIMA
銀泥をふんだんに使い、松島の風景を描いた作品です。
「京琳派の金に対して江戸琳派の銀」「東京の乙好み」と語る伊藤氏自身の言葉が示すように、 銀泥の輝きによって松島の壮大な自然美と、江戸琳派の精神が表現されています。
雨華庵憧憬
雨華庵憧憬は、明治16年に焼失した酒井包一のアトリエ兼住居「雨華庵」を模型で再現した作品です。
酒井包一と弟子たちが作品を生んだ場所を、現代の方にも体感してもらいたいという想いで制作されています。
雨華庵憧憬は、酒井包一の弟子である田中包二の描いた雨華庵見取り図を元に、約4か月かけて制作されました。
模型は1/35スケールで、寝室や仏間、茶室などの部屋が再現されており、当時の生活様式を目にすることができます。
画室には、手元を明るくするための大きな下窓が設けられており、作品作りをするうえでの工夫が凝らされた作りであったことがわかります。
また、画室から襖を開ければ茶室へと続く廊下もあり、移動しながら庭の池や周囲の景色を一望することができたのでしょう。
伊藤氏は、平面図だけではわからない雨華庵の空間構成や生活感を立体的に表現することで、「酒井包一の世界をより深く理解できた」と語っています。
伊藤哲の制作スタイルには「不易流行」の精神が息づく!
伊藤哲の制作スタイルは、「不易流行」という精神に集約されます。不易流行とは、俳聖・松尾芭蕉が提唱した理念であり、伊藤氏の制作の根幹を成すものです。
「不易」とは変わらない本質、つまり伝統的な江戸琳派の技法を指し、「流行」とは、時代に合わせて変化する要素、すなわち現代的な感性と独自の表現を指します。
伊藤哲は、金泥や銀泥を用いた華やかで装飾的な表現と、細部にわたる緻密な描写といった、江戸琳派の特徴をしっかりと受け継いでいます。
一方で、伝統に縛られることなく現代の感覚を取り入れ、新しい表現にも挑戦し続ける貪欲な姿勢が魅力的です。
また、伊藤氏の作品は言葉に表すことのできない奥深さ、幽玄美をたたえている点でも高く評価されています。
落ち着いた色調と余白の美を活かすことで静寂な世界観を表現し、見る者の心に深い感動を与えます。
伝統的な日本画の美意識を現代に継承しつつ、新しい息吹を吹き込む伊藤氏の制作スタイルは、まさに不易流行の体現と言えるでしょう。
酒井包一が100年以上前に江戸琳派を確立させたように、伊藤哲もまた、現代における江戸琳派の新たな地平を切り開き、歴史に名を刻む存在となることを予感させます。
さいごに|伊藤哲が描く幽玄美の世界に癒されよう!
本記事では、琳派の伝統を受け継ぎながらも独自の表現を追求する現代日本画家、伊藤哲について、彼の作品とともに人柄や魅力について解説してきました。
伊藤哲の作品は、金泥や銀泥の華やかな輝きを駆使し、幻想的な世界観を見事に描き出しています。
古典と現代感覚の融合。伝統と革新。幽玄美を追求する彼の芸術に触れることで、私たちもまたその深い美しさと感動に心が癒されることでしょう。
コメント